※「6・30」とは?

 昭和53年6月30日付の聖教新聞4面「教学上の基本問題について」を掲載し、それまでの教義上の誤りを認め、訂正し、発表したもの。

 宗門では全国の教師に指示し、創価学会がこれまでに発行した新聞・雑誌などの中から、日蓮正宗の伝統教義に違背していると思われる表現、もしくは創価学会員の発言を集め、それを整理して「戸田会長の悟達が創価仏法の原点」「血脈」「途中の人師・論師の否定」「大聖人直結」「人間革命は現代の御書」「主師親の三徳」「会館は現代の寺院」「謗法容認」「三宝の定義」などを骨子とする34項目にわたる質問書を作成し、昭和53年6月19日に創価学会に提出した。
 しかし「質問書」とはいいながら、その内容は創価学会への「おうかがい」を立てるというニュアンスの、非常に遠慮がちなものだった。
 これに対する創価学会の回答も、「誤解を生ぜしめる点もあった」「そういう印象を与えたとすれば、まことに遺憾である」「表現自体は避けるようにしたい」「この語を使わないようにする」「過大な言葉や表現を用いることは、厳重に慎まなければならない」「・・・を確認しておきたい」など、訂正というにはほど遠い内容だった。。
 これでは、誰が教義に違背したのかという「主語」があいまいで、宗門からの質問事項も削除されていたので、一般の会員には創価学会の「回答」が教義逸脱の訂正であるとは理解されない。
 しかしこれが昭和53年6月30日付の聖教新聞に「教学上の基本問題について」と題して掲載されたことから、通称「6・30」と呼ばれている。
(年表・正信覚醒運動の歩み)

戻る


※「11・7」とは?

  昭和53年11月7日、総本山大石寺大講堂において、僧侶6百余名・創価学会代表幹部2千名が参加して創価学会創立48周年記念登山代表幹部会が開催された。これが通称「11・7」といわれ、また内容的には「お詫び登山」と呼ばれている。


 席上、北條浩理事長は、陳謝の意を表明。
「・・・第一に、学会のここ数年の指導、進み方、教学の展開のなかに、正宗の信徒団体としての基本がおろそかになっていたこと、第二に、昨年(昭和52年)のような学会の行き方は行き過ぎがあったこと、以上の二点を私ども学会は、とくにわれわれ執行部は、深く反省するものであります・・・さらに加えて申し上げれば、私どもは信徒として寺院参詣の重要性を指導して参ります・・・なお、新たなる檀徒の皆さんについては、その心情をよく理解し、われわれは同じ日蓮正宗の信徒として、誹諦中傷せず、仲良くやっていきたいと願っております」

 辻武寿副会長は、戒壇の大御本尊根本の信心を強調し、「その意味からも、不用意にご謹刻申し上げた御本尊については、重ねて猊下のご指南をうけ、奉安殿にご奉納申し上げました。今後御本尊に関しては、こうしたことも含めて、お取り扱い、手続きなどは、宗風を重んじ、一段と厳格に臨んでまいりたいと思います」と述べた。
 この辻副会長発言は、学会が犯した本尊模刻が、戒壇の大御本尊根本の信心からかけはなれ、正宗の化法化儀から大きく逸脱してしまったことを認めたものである。
 さらに、日達上人のご指南にしたがって、正宗の法義を尊重することを言明し、『会長本仏論』についても間接的に、
 「日蓮大聖人の法義は、深遠かつ厳正なものであります。したがって、日蓮大聖人の根本の教義に関する仏法用語を使用する場合は、かならずその大前提をふまえなければなりません。そのほか、たとえば、在在諸仏土常与師倶生とか、如来如実知見とか、大導師とか、本来仏にのみ用いる言葉を、私どもの立場にあてはめることは、厳に慎むべきでありましょう」と表現し、否定した。

 池田大作氏は、
 「先程来、理事長、副会長等から、僧俗和合の路線の確認、その他の問題について、いろいろと話がありましたが、これは総務会議、県長会議、各部最高会議の全員一致による決定であり、また私の決意であります。この方針に従って、私どもは、一段と広宣流布と正法外護のご奉公に励む所存でございますので、御宗門の先生方、くれぐれも凡下なわれわれを、厳しくも温かく、今後ともご指導くださいますよう心より御願い申し上げます。よろしくお願い申し上げます。会員、幹部の皆さまも、この一点を深くご了解をいただき、その指導徹底をなにとぞお願いいたします。なお、これまで、いろいろな問題について行き過ぎがあり、宗内をお騒がせし、またへその収拾にあたっても、不本意ながら十分な手を尽くせなかったことは、総講頭の立場にある身として、この席で、深くおわびいたします」と、深々と頭を下げた。

 これに対し、日達上人は次のように仰せられた。
「・・・幸い、学会においてその点に気付かれて今後の改善のために、反省すべき点は率直に反省し、改めるべき点を明確に改める決意をされたことは、まことに喜ばしいことであります」
 つまり、創価学会が、その非を改める決意をしたということであって、改まったということではない。これが日達上人のご真意であった。さらに、僧侶の役割についてふれられ、
「(信徒が僧侶、寺院を)非難中傷し、圧迫するようなことがあれば、僧侶はまことに悲しい思いをいたして、否応なく反論しなくてはならないのであります。こうした言動は破和合僧であり、正宗の法義にもとる行為であると指摘せざるを得ないのであります」「体制的には、学会の発展に充分ついていけない部分があり、依存することも多かったが、幸いに人材も次第に育ったので、今後は宗門としてなすべきことは自らの責任をもって果たして行く決意であります」
と、若手僧侶への期待をこめられている。
「とにかく大聖人以来、7百年間守りつづけてきた伝統と教義の根本はあくまで守り伝えなくてはならないのであります。これをふまえなかったならば仮にこれからいくら勢力が増しても、広宣流布は見せかけのものであったかとの後世の批判を免れることはできないのではないかと心配いたします。私は法主として、正しい信心を全信徒に持ってもらうよう最大の努力をする責任があります」とご教示された。
(正信覚醒運動の歩み)

戻る


【第五回日蓮正宗全国檀徒大会決議】

「近年池田大作氏によって推進されてきた、いわゆる創価路線は、日蓮正宗の教義及び信仰のあり方から大きく逸脱し、宗門をして未曽有の大混乱に陥らせました。
 よって時の御法主上人から厳しい御指南を受け、昨年4月(昭和54年)池田氏はその責任をとって法華講総講頭職と創価学会会長職を辞任したはずであります。
 しかるにその後も実質的に創価学会を支配し、表面は反省と恭順を装いながら、裏面では復讐の炎を燃やして新たな謀略が展開されつつあり、ますます混乱を増大せしめている実情である。
 就中、御法主日顕上人猊下にとり入って我々檀徒を弾圧せんとすることは許しがたい。
 加うるに、池田氏の公私両面にわたる非行の数々と、池田氏の指示によって行われた創価学会の反社会的行為が、次々とマスコミによって明らかにされ、社会からの指弾を受けていることは、創価学会が日蓮正宗の信徒団体である以上、日蓮正宗の恥辱でもある。今や、池田氏の社会的、道義的責任は甚だ大きいと言わなければならない。
 我々檀徒一同は、尊き日連正宗七百年の御法体が池田氏の罪科によって穢されることを厭い、かつ創価学会が真に日蓮正宗の純粋な信徒団体として蘇生しうるためにも、昭和55年8月24日、日本武道館で開催された第5回日蓮正宗全国檀徒大会において以下のことを決議いたしました。

       記
    大 会 決 議

 池田大作氏は、自身及び創価学会首脳部を教唆煽動して犯した日蓮正宗教義よりの違背、謗法行為と反社会的非行の数々を自覚反省し
 一、日蓮正宗法華講名誉総講頭を辞退せよ。
 二、宗祖日蓮大聖人第七百遠忌慶讃委員長を辞任せよ。
 三、創価学会における実質的支配を直ちに止めよ。
右、要求する。
昭和55年8月24日
        日蓮正宗全国檀徒一同
池田大作殿

戻る


【記者会見での声明文】

 ご存知の様に宗門と学会はここ数年来、様々な問題で軋轢を生じ、対峙して参りました。我々としましては、当初、創価学会の展開する教義路線及び信仰のあり方が、本来の日蓮正宗の信心から大きく逸脱してきたという点において、それを諫め、指摘忠告して参りました。が、創価学会の意図は、当初から分派独立、それが叶わなければ宗門の支配をと考えていたようで、そのことは後に流出露呈した学会側の秘密文書等を見れば明らかであります。

 順調に進む筈であった池田氏の謀略も、意外に強い僧侶及び目覚めた会員の抵抗に遭って頓座をきたし、俗にいう6・30、11・7で、表面上一応の和解策を弄したわけですが、その後も学会の実態は改まるどころか、却って陰険になり、各方面からの追撃の手は更に厳しくって、遂に昨年4月24日の池田氏退陣となったわけであります。
 ところが3ヵ月後の7月20日、御法主日達上人が突然御遷化され、新法主日顕上人となられるや、池田氏及び創価学会は、日顕上人のお言葉に助けられて、俄然、勢いづいてきたわけであります。
 ここに我々は、やはり池田氏の反省懺悔は、宗内僧俗、ひいては社会をも欺く一大欺瞞であったと断ぜざるを得ず、教義論争に加えて学会の体質問題もからめて、引き続き呵責を加えて今日に至っております。
 その間、勇気あるマスコミないし記者諸賢の間断なき問題摘出と追求によって、学会をめぐる新たな様々な問題が提起されました。
 なかんずく、創価学会教学部長の要職にあった原島氏とそのグループによる内部告発は、あらためて池田氏と学会の恐るべき体質を余す所なく浮きぼりにしております。
 これら宗門内外からの指弾に村する学会の対応は極めて不誠実で、事の重大さをあまりにも認識しないものといえます。たとえば、これだけ社会問題化しているにもかかわらず、会内においては未だ池田無謬説がまかり通り、マスコミは全てデタラメ、魔である、法難であると、連日聖教新聞等で宣伝し、会員の愚民化を図っております。
 既に公明党という政党を擁し、経済界においても傘下の企業を網の目のように張りめぐらし、日本の人口の一割近くを左右する力を有する池田氏の創価学会、かくも独善的であり、ファッショ的体質であるということは、日本の将来にとって危惧を懐かざるを得ません。これまで「鶴のタブー」といわれて多分に学会問題を取り上げることが敬遠されてきたようでありますが、最近、マスコミによって池田氏及び学会の反社会的謀略事件、宗教者にあるまじき池田氏の公私にわたる非行、宗教法人法を隠れ蓑にした違法行為等々が次々と明るみに出されて、当初の教義・信仰の有り方論争から、我々の好むと好まざるとにかかわらす、一気にこの学会問題は社会問題へと発展した感があります。
 仏法上からも、世間法の上からも、池田氏の失態は、当然その監督貴任を宗門もまた問われることは必定であります。なぜなら、ことここに至るまで池田氏の暴走に対して何ら適切な処置と指導が出来なかったのみならず、あまつさえ未だにその横暴をかばい、手を貸している実情であるからであります。
 よって今大会は過去4回の大会の会場であった宗門の施設から、一転して宗外の日本武道館に場所を移し、広く各般の御叱正と御批判を仰ぐと共に、世間の方々に日蓮正宗伝統の本来の精神と気骨を知っていただき、我々の正信覚醒運動に深い御理解を賜りたいと思って開催したものであります。
 我々の意図する所は決して学会をつぶすとか、破門をーということではありません。公けになった池田氏の信仰的、社会的、道義的責任を明確にし、学会がより正常な団体に蘇生して、正道を歩んで欲しいということであります。
 宗門との教義論争に端を発した学会問題は、もはや一宗団内の紛争にとどまらず、潜在していた多くの反社会的問題を一挙に噴出させております。日本を危うくするほどの力を現実に持っている創価学会に刮目し、その悪しき体質を改善させるには、この時をおいて二度とないような気がします。

戻る